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Day5 Indonesian Transport

今日は7時ごろに起きた。

昨日から移住してきたことを地区の管理人に簡単な挨拶を済まし、
ファンディと交通機関を使い出勤した。

次からは1人で使わなければいけないんだな。
使い方やルール、目印などを教えてもらった。
おそらく寝過したらおしまいだろう。

行き方は、
徒歩5分
コベル(自転車付荷車)5分3,000Rupiah
アンコット06(無停留所式暴走中型自動車)20分〜40分3,000Rupiah
アンコット112orD1 15分〜30分
徒歩5分

スクールバス(学内循環式大型乗合自動車)15〜25分
もしくは
オジェッ(目的地選択式危険自動自転車)約10分

道を覚えるだけでも一苦労だが、注意点をたくさん教えてもらった。

基本的におつりは求めないと返ってこないこと(使えるのは10,000Rupiahまでで、細かいお金はモール等で作らなければならない)。
おつりを求める時は、コンバリニャ クーランと言う。

ターミナルはバスから降りてくる人を狙った犯罪があること。
携帯やカメラなど貴重品はあまりちらつかせないこと。
目印となる建物があまりなく地名もあいまいなこと。
一般人には話しかけず、主要スポットにいる警察に頼ること。
などなど。

何とか行きの街並みは大体覚えられた。

今日の活動報告を書きながら、同僚と盛り上がった。

滋賀大学アイセックから応援メッセージのムービーが土井から送られてきて一緒に見た。
しかしインドネシアのネット回線は非常に遅く、途中までしか見られなかった。
同僚はあと10年かかると笑いながら言っていた。

それとインドネシアの天候について。
12月〜2月は雨期で、ジャカルタの各地では洪水が起こっているようだ。
雨雲が流れてオーストラリアに流れオールトラリアで洪水が起きたりすることもあるらしい。
どちらかが天候がよく安全で、もう片方が最悪で危険。興味深い話だった。

話で盛り上がっている間にファニアが到着した。
今日は予定していたポテトドーナッツ産業は忙しいらしく別のところにアポを取ってくれた。
今日は農家連合の調査だ。
かなり外れにあり交通機関は通っていないため車で迎えに来てもらった。
途中で収穫物を輸送する手続きを見せてもらい、引き続き向かった。

道もジャングルのようで整備があまりされていない。
途中はごみ山がありヤギがごみをあさっていた。
日本のようにまだごみを処理する能力がないらしい。
あまりに空気が悪いため車内でもマスクをした。

2時間ほどかけ農家に着いた。
メインの生産物は牛肉とウズラの卵だ。
ウズラなどと言った単語は知らなかったので、実際に見るまでは何しに行くかよく分かっていなかった。発音も違い、ずっとQuailがホイールと聞こえていて、自動車会社と途中まで勘違いしていた。

農業地帯を見学させてもらったが、本当に開発が遅れていて、出してもたった食事も虫だらけだった。食材も農家ならではといった感覚で様々な食材が使われていた。都会でこうと思うと高い食材(バナナの葉)等も使われていた。

食べ物はしっかり食べることはできているが、逆にそれ以外できないらしい。
今日の分を稼ぐことしか考えられない。
生活や教育の水準は低いが子どもたちは無邪気で楽しそうだった。初めて現地の子供と触れ合えて楽しかった。
そこで農業連合が資金管理や村おこしのサポートをしている。
連合の詳しい内容は活動報告の方に書く。

帰り連合の代表のアンディカさんに帰り道いろいろなことを教えてもらった。
運転免許はタイプがいろいろあり、AとCを見せてもらった。Aは自動車、Cはバイク。
しかし、免許を取るのに300,000Rupiahかかるので、無免許で運転する人も少なくないようだ。確かに街中でも明らかに小学生がバイクを運転しているところを目にする。

インドネシア語とはいっても20種類ほどあり、さらに方言を合わせたら500種類ほどあるらしい。ファニアは今日分からなかった言葉もあったようだ。

南国で常に温かいがフルーツにも時期があるらしい。
旬のものを食べれば安くてうまい。
今度買いに行ってみよう。

他にも豊富な原油資源や薬の開発力の低さなどいろいろ語っていただいた。

オフィスに戻ったが今日も時間が全然なく、戻ってから1時間ほどで英語と日本語のレポートを書きあげた。

その間も同僚に話しかけられこの前はせいじ“しーじー”でいじられたが、今度は“たかしむら”といじられた。
意味はI’ll give you a tip。

今日は私が1番遅くまで仕事をしていた。

アンディカさんとファニアは終わるまで待っていてくれ、ホームステイまで送ってくれることとなった。

しかし、夜になって覚えていたはずの道も全然分からなくなった。

はじめてインドネシアで迷ったとぼやかれたが2人の御蔭で無事に戻ることができた。
今日1日本当に迷惑をかけてしまった、レポートで挽回しよう。

「また、劣悪な環境で生活か、引っ越したいな。」等と思ったが、

いつまでも甘えてばかりもいられないので、異なる文化の元の生活になれるように努力しようと決意した。迷惑かけにしたわけじゃない、貢献しに来たのだとポジティブに考え直した。
ホストファミリーが英語をしゃべれないなら、インドネシア語を鍛えるチャンスだ。
言葉で通じなければ肌で感じ合えばいい。

蕁麻疹が出たことで、話のネタが一つ増えた。
むしろ蕁麻疹でよかった。

質素に暮らせばお金が節約できる。
日本で食べられない食べ物もいっぱい食べられる。インドネシアには十分に食事すらできない人も多いはずだ。

こう考えたら、むしろ昨日の自分が悪いように感じた。
生活に十分にゆとりがあるわけではないのに受け入れてくれた恩人になんてことを思っているんだ。最低な人間だ。
こんなに親切にしてくれているじゃないか。

昨日はカルチャーショックを受けて正常な思考ができなかったのだろうな。

今日はトイレもお風呂も歯磨きもそんな問題には思わなくなった。
明日は中国の新年祭で祝日。

特別な日なのでみんなそれぞれの予定があるし、明日は自分ひとりで頼らず出かけることにしよう。
初めての事をするのには勇気がいりなかなか踏み出せないが、インドネシアに来てから一歩ずつが軽くなった気がした。

そんな一日だった。

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